世界遺産を歩く・高野三山と高野山町石道 |
山行日 | 2010.10.17(日:曇) |
|
山域 | 紀伊山地:和歌山県伊都郡高野町 | |
コース | 中の橋(15分)弘法大師御廟(30分)摩尼山(30分)楊柳山 楊柳山(50分)転軸山(15分)弘法大師御廟(15分)中の橋 根本大塔〜町石道(120分)〜矢立(40分)紀伊細川駅 花を捜し撮影しながらです。時間は参考程度に!! |
|
標高差 | +230m・−530m |
|
総歩行時間 | 約7.0h(含む食事・休憩) |
蛇谷ヶ峰に続いてKenちゃんからのリクエストは高野山。しかも電車で行こうと仰る^^)では 高野山1dayチケットで出発。阪神なんば線にて大阪難波駅で下車し南海電車なんば駅。 急いでコンビニ調達&特急こうやのチケット(760円)購入。8時発のこうや1号に飛び乗る。 |
列車内はほぼ満席だ。時間通りの9時21分極楽橋駅に到着しケーブルカーで高野山駅へ。 駅前から"りんかんバス"に乗り込み中の橋前で下車。山中にトイレは無いので済ませてから 道路を渡って弘法大師御廟へ向かいます。先ずは御廟で参拝を済ませ玉川を渡って左折し |
摩尼山への道を辿りましょう。ポイント27の標識からショートカットで登山道へ。高野六木(こうや りくぼく)と呼ばれる杉・檜・高野槙・樅・栂・赤松の森を登ると摩尼峠。摩尼峠を左折し急斜面を 登ると最初のピーク、摩尼山(1004m)山頂。山頂には如意輪観音の祠。10人程の先客が居る |
ので写真撮影だけでスルー。次の楊柳山へは最初こそ緩やかですがやがて黒河峠への急坂 を下る。下り切ると黒河峠。黒河峠からは階段続く急坂を登ると楊柳観世音菩薩の祠と祠裏に 三等三角点建つ、楊柳山(1008.5m)山頂。高野三山(摩尼山・楊柳山・転軸山)の主峰です。 |
三山全て展望は望めませんが楊柳山山頂辺りにはブナが見られ既に黄葉が始まっています。 では、最後の転軸山へ向かいましょう。登りに増して急な斜面を下り切ると子継峠。子継峠には 子安地蔵尊が祀られている。右へは橋本方面へ下る子継道。転軸山へは左の広谷の流れに |
沿って下ります。下り切って木橋を渡ると平坦で少し開けた広谷。小川の流れに沿って進むと 舗装路に出合う。舗装路は奥の院へと続いているのだろう?次の転軸山へは少しだけ右手に 進むと左側に登山口。再び階段道ですが10分程で弥勒菩薩の祠建つ転軸山山頂。山頂から |
高野七口女人道を外れて左へ下ると弘法大師御廟の裏手に出ました。裏手を流れる玉川を 渡り御廟に一礼して参道を抜けて出発点に戻りました。お昼時を随分と回ってしまいましたが 1dayチケットの特典を使って昼食を済ませ、バスに乗り込み町石道の起点、壇上伽藍へ移動 |
高野山町石道(ちょういしみち) 高野七口といわれる高野山の登山道七本のうち、弘法大師空海によって高野山の開創直後に設けられた参詣道。 九度山の慈尊院から高野山までの全長約23kmに及ぶ道程に一町(約109m)毎に木製の五輪卒塔婆を建立したとされます。 文永2年(1265年)以降は、鎌倉幕府の有力御家人、安達泰盛らの尽力で朝廷、貴族、武士などの広範な寄進により 朽ちた木製の五輪卒塔婆に代わって石造の五輪卒塔婆が建立され、今でも216本がほぼ完全な形で現存しています。 2004年7月に、ユネスコの世界遺産"紀伊山地の霊場と参詣道"の構成資産"参詣道"の一部として登録。 |
先ずは金堂・大塔・御影堂・不動堂を訪れ一町石を探します。一町石は道路に面した柵の中 僅かに離れた二町石も柵の中です。三町石から五町石は道路脇に建ち六町石は大門手前。 七町石は大門横の鳥居の側、八町石は道路を渡った左でした。九町石からは古の参詣道に |
建っているので道路を渡って町石道へ向かいます。最初こそ急坂ですが十二町石を過ぎると 傾斜を感じさせない程緩やかに続きます。町石道は山腹を縫う様に続き、二十八町石の側に 鏡石。案内看板には"明鏡の様に平で石の角に座って真言を唱えると請願成就する"と記載。 |
緩やかな道はマダマダ続き、三十六町石を過ぎると国道に出合う。この先、三十七町石から 三十九町石迄は国道沿いに建ってますが、町石道は巻き道で続き、展望の無い展望台^^)を 過ぎると再び国道に出合います。此処で国道を横断し更に下って行きます。五十四町石辺り |
には押上石・袈裟掛石と何れも弘法大師縁の史跡。五十九町石を過ぎると漸く民家が現れ 矢立茶屋に到着です。既に時間は午後四時。本日の行程は此処で終了。暫しの休憩後は 紀伊細川駅に向かって国道右手の細い道路を、40分余りの下りで細川集落を抜けて駅へ。 |
||
|
|